大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5104号 判決

原告 株式会社三栄商事破産管財人 佐々野虎一

被告 株式会社東京都民銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は

「被告は原告に対して次の金銭を支払え。

(一)  金四一〇、五九〇円およびこれに対する昭和三二年七月三〇日から完済迄年六分の割合による金銭。

(二)  金一八、五三八円およびこれに対する昭和三二年七月三〇日から完済迄年五分の割合による金銭。

訴訟費用は被告の負担とする」

との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり述べた

「一、被告は肩書地に本店を有し普通銀行業務を営む銀行であり株式会社三栄商事(以下三栄商事という)は鍍金研磨材料および化学工業薬品の販売を目的として昭和二八年一一月一八日設立登記を了したが、昭和三三年三月一七日東京地方裁判所において破産の宣告を受け、同時に原告がその破産管財人に選任された。

二、昭和三二年六月二六日、三栄商事は被告に対し、額面金四三四、三〇〇円、振出人小田原市緑町一丁目一五番地有限会社美濃屋吉兵ヱ商店、支払期日昭和三二年九月一三日、支払地神奈川県小田原市、支払場所株式会社駿河銀行小田原幸町支店なる約束手形一通を裏書譲渡し、被告は三栄商事に金四三四、三〇〇円を交付した。

三、昭和三二年七月二九日、三栄商事は、第一次の支払義務者でないのにかかわらず、且つ手形の支払期日前、一般債権者を害することを知りながら、被告に対して前記手形債務の弁済として次のとおり相殺し、且つ現金を交付した。

(一)  三栄商事は昭和三二年七月二九日現在被告に対し

(1)  金一五九、〇〇〇円

定期積金、昭和三一年一二月八日加入、へ第四四六号、契約額百万円、一カ月の積立金二六、五〇〇円、積立金合計一五九、〇〇〇円を昭和三二年七月一五日合意解約。

(2)  金一〇〇、〇〇〇円

定期預金、昭和三二年二月二一日預入、第二六、三三三号、元利金支払期日同年八月二五日、同年七月一二日合意解約。

(3)  金一五〇、〇〇〇円

定期預金、昭和三二年五月一〇日預入、第二八、八一四号、元利金支払期日同年一一月(五月とあるのは誤記と認められる)一〇日、同年七月一二日合意解約。

(4)  金一、五九〇円

前記(1) の解約分担金六三六円、(2) および(3) の利息九五四円。

右(1) ないし(4) 合計金四一〇、五九〇円の預金返還請求権を有し右金員は三栄商事の請求次第いつでも支払うべき仮受金として被告が預つていたが、同日これを前掲手形債務と相殺し、且つ

(二)  現金一八、五三八円を弁済した。

四、三栄商事は昭和三二年七月五日その振出に係る約束手形の支払をしなかつたため、東京手形交換所は同年七月一一日第一回の特殊不渡報告をなし、続いて右会社がさらに手形の不渡りを出したので、同月一七日第二回の特殊不渡報告をなしたうえ、同月一八日取引停止報告をした。被告は東京手形交換所社員銀行であり、そのころ右交換所からこれらの報告を受け、三栄商事が支払停止をなしたことを遅くとも同月一一日以降は承知しながら前掲弁済を受領した。

五、原告は破産法第七二条第二項によつて破産財団のため三栄商事が被告に対してなした右相殺および弁済を否認する。

六、よつて原告は被告に対し、三栄商事の被告に対する預け金四一〇、五九〇円およびこれに対する昭和三二年七月三〇日から完済迄年六分の割合による損害金、ならびに右会社が被告に弁済した金一八、五三八円およびこれを支払つた日の翌日である昭和三二年七月三〇日から完済迄年五分の割合による損害金の支払いを求める。」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、次のように述べた。

「一、被告が普通銀行業務をおこなう銀行であること、三栄商事の目的、設立登記、原告が破産管財人に選任されたこと、被告が原告主張の日、その主張の約束手形の裏書譲渡を受け、三栄商事に対し金四三四、三〇〇円を交付したこと、三栄商事は被告に対し、原告主張の定期積金と定期預金とを有していたが、いずれも原告主張の日に合意解約し、被告は右預金解約により三栄商事に支払うべき金額を三栄商事の請求次第いつでも支払うべき仮受金として預かつていたこと(但しその金額は右合意解約の際の原告主張(1) の定期積金の掛込金合計金一五九、〇〇〇円、戻割引料金六、一七一円、同(2) の定期預金一〇〇、〇〇〇円および税引利息額金七九四円から解約分担金六三六円(六八六円とあるのは六三六円の誤記と認められる)を差し引いた金一〇〇、一五八円、同(3) の定期預金一五〇、〇〇〇円および税引利息額金五九二円から解約分担金九五四円を差し引いた金一四九、六三八円ならびに割増金七九五円の総合計金四一五、七六二円であつた)、被告は東京手形交換所社員銀行であり、右交換所が原告主張のころなした三栄商事の不渡ならびに取引停止報告を受けてこれを知つていたこと、は認めるが、三栄商事の支払停止および破産宣告は不知その余の事実は否認する。

二、三栄商事は昭和三二年二月二五日被告との間の契約により「三栄商事が割引を依頼した手形の手形関係人で支払を停止しまたは停止する虞れがあると被告において認めた場合には、三栄商事は被告の請求次第手形を買戻すべく、もし買戻しに応じないときは手形期日前であつても、三栄商事の被告に対する諸預け金その他被告に対する三栄商事の債権はその期限如何にかかわらず相殺しても異議ない」旨約諾しているところ、原告主張の手形については、その振出人である有限会社美濃屋吉兵ヱ商店(以下美濃屋という)がその期日に支払わない旨被告に通告してきたので、被告は原告主張の日にこれを額面金額をもつて三栄商事に売戻し、その売戻代金と右仮受金は対当額をもつて相殺し、なお不足分金一八、五三八円は三栄商事の右約定に関する保証人である訴外高井松太郎または美濃屋から現金で支払を受け、右手形はその振出人である美濃屋に返還した。

三、三栄商事のなした本件手形買戻は破産法第七三条を類推適用すべき場合であるから否認できず、仮にそうでないとしても、右相殺が否認し得るとすれば、破産宣告後の相殺権を規定した同法第九八条と権衡を失し不当である。また、右現金の弁済は破産会社がなしたものではないから原告はこれを否認できない。結局、原告の主張はいずれも失当である。」

証拠として、原告は甲第一ないし第八号証、第九号証の一、二を提出し、証人高井雄介、同高井松太郎、同鈴木博の証言を援用し、乙第一号証の成立は否認する、乙第二ないし第四号証の各二はいずれも代表取締役高井松太郎の署名捺印のみ否認し、その余の部分の成立は認め、その余の乙号各証の成立は認めると述べ被告訴訟代理人は乙第一号証、第二ないし第四号証の各一、二、第五、六号証の各一ないし五、第七、八号証を提出し、証人新保明、同崎長邦男の証言を援用し、甲号証は全部成立を認めると述べた。

理由

一、被告は普通銀行業務を営む銀行であり、三栄商事は鍍金研磨材料及び化学工業薬品の販売を目的として設立された会社であること、昭和三二年六月二六日三栄商事は被告に対し、訴外有限会社美濃屋吉兵ヱ商店の振出に係る原告主張の約束手形一通を裏書譲渡し、被告から金四三四、三〇〇円の交付を受けたこと、三栄商事はかねて被告との間に有していた原告主張の定期積金および定期預金を昭和三二年七月一二日と同月一五日にそれぞれ合意解約し、解約によつて三栄商事が返還を受けるべき金額は、三栄商事の請求次第いつでも支払うべき仮受金として一時被告が預かつていたこと(但しその金額については争いがある)、同年七月一一日および同月一七日に東京手形交換所は三栄商事の第一、二回特殊不渡報告をしたうえ、同月一八日取引停止報告をなし、被告は当時右各報告を受けてこれを知つていたこと、原告が三栄商事の破産管財人に選任されたこと、はいずれも当事者間に争いがなく、三栄商事が昭和三三年三月一七日当裁判所において破産宣告決定を受けたこと、原告が本訴提起について当裁判所の許可を受けたことは記録上明らかである。

二、原告は、三栄商事が昭和三二年七月二九日、前記約束手形の支払期日前であるにもかかわらず、遡求義務の履行として、被告に対し有していた預金返還請求権をもつてこれを対当額において相殺し、不足分金一八、五三八円は同日現金で被告に支払つた旨主張し、被告は、相殺に供された前記仮受金の額、相殺の趣旨および現金の弁済者を争うので、これらの点を判断する。

(一) 三栄商事が前記預金の解約によつて被告から返還を受けるべき前記仮受金の額は、高井松太郎の署名部分を除き被告発行の定期積金通帳および定期預金証書であることに争いのない乙第二ないし第四号証の各一、二、成立に争いのない乙第五、六号証の各一ないし五によれば、(1) 定期積金の払込金合計金一五九、〇〇〇円、(2) 本件手形の戻割引料金六、一七一円、(3) 定期預金一〇〇、〇〇〇円および税引利息額金七九四円から解約分担金六三六円を差し引いた金一〇〇、一五八円、(4) 定期預金一五〇、〇〇〇円および税引利息額金五九二円から解約分担金九五四円を差し引いた金一四九、六三八円、(5) 割増金七九五円、以上合計金四一五、七六二円であつたことが認められる。右認定を覆すにたりる証拠はない。

(二)  本件相殺の趣旨について、成立に争いのない乙第五号証の四、第六号証の五、第七号証、証人高井雄介、同新保明の証言によつて成立が認められる乙第一号証、証人高井松太郎、同高井雄介、同新保明の各証言を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、昭和三二年二月二五日三栄商事は被告との間に取引を開始するにあたり「三栄商事が割引を依頼した手形の支払人その他の手形関係人で、支払を停止し、または停止する虞れがあると被告において認めたときは、被告の請求次第手形を買戻す」旨約諾した(証人高井雄介の証言および成立に争いのない甲第二号証によれば、右約定書に三栄商事代表取締役として記名捺印している高井松太郎は当時既に代表取締役を退任しており、且つ、右記名捺印は松太郎の在任中から同社の営業全般を委ねられていた高井雄介が松太郎を代理してなしたものであることが認められるが、右約定当時未だ新たな代表取締役が選任されていなかつた本件においては、商法第二五八条第一項により、なお松太郎が代表取締役としての権利義務を有したものというべきであるから、右約定は有効に締結されたと認めることができる)。その後、三栄商事は前記の約束手形を被告に裏書譲渡し、いわゆる手形割引によつて融資を受けていたところ、右手形の振出人である美濃屋から被告に対し、右手形は三栄商事に金融を得させるための融通手形であるから美濃屋としては支払うわけにはゆかない旨通告してきたので、被告は前記約定に基き、三栄商事と交渉した結果、同年七月二九日被告は三栄商事に前記手形を売戻す旨の合意が成立し、同日被告は右手形売戻代金債権をもつて前記仮受金返還債務を対当額において相殺し、且つ現金一八、五三八円の支払を受け、右手形はこれを振出人である美濃屋に返還したことが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  原告は右買戻代金中現金一八、五三八円は三栄商事がこれを支払つたものであると主張するが、この点は原告の全立証その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。従つて、原告の請求中金一八、五三八円の部分は否認権の要件事実の立証を欠くものとして爾余の判断をまつまでもなく失当であるが、仮に右現金が原告主張のように三栄商事によつて支払われたものであるとしても、手形買戻代金の弁済である以上、次に述べる理由により、やはり原告の請求は理由がない。

三、よつて、三栄商事のなした叙上の手形買戻は否認の対象になり得るか否かについて判断する。

第三者の振出に係り破産者が裏書をしている約束手形について適法な支払呈示により破産者がその支払をして手形を受け戻し、振出人にこれを返還したような場合に右手形の支払を否認し得ないことは破産法第七三条第一項の定めるところである。破産法が本条を設けたのは、右のような場合に手形の支払を否認し得るものとすれば、手形権利者は既に手形を返還しているから振出人に対する権利を行使することが不能となり、手形権利者をしてその支払のなかつたときよりも一層不利な立場に立たせることになつて通常の否認の結果と権衡を失するばかりでなく、ひいては手形取引一般の安全を害するおそれもあるので、このような結果の発生を避けようとする配慮に出たものである。

本件のように第三者の振出に係る約束手形割引依頼人である三栄商事が満期前にこれを割引人である被告から買戻し、手形が振出人に返還された場合は、手形の支払とは異なるから、破産法第七三条第一項に直接には該当しない。しかし、割引人はもはや振出人に対して権利を行使する方法はないのであつて、この場合に割引人を保護すべき要請は前段説示の場合と全く同一であるから、本件約束手形が第三者の振出に係るものである以上、三栄商事がこれについてなした前認定の買戻を否認することは、前記法条の類推適用により許されないものと解するのが相当である。

四、従つて、本件買戻の否認を前提とする原告の請求は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例